NACの原点とは?

NAC提唱者の北浦葉子はNACについて以下のように語っています。
『法学セミナー』投稿文より抜粋
 
私が24の歳から3年間続けた活動は、主に米国の学校を巡回、社会科の授業を利用して学生たちに原爆映画を見せるというものだった。ヘタでもやらぬよりはやった方がいい。やるうちに学ぶ。学ぶうちにうまくなる。しかし、原爆映画を見せる前に、真珠湾攻撃について述べることを怠るとアメリカの学生は必ず私を攻撃した。
もともと学校の教壇で教えていたということ以外に、私にはとりたてて言う程の肩書きもなかった。だからそれまでに約1万6千人に及んだ私の聴衆も、被爆問題にとくに関心のある大人を除いては、公立学校におけるごく一般の若い世代がそのほとんどだった。それゆえに私の話も被爆の実態について難しいことを述べ立てるというのではなく、知識が浅い生徒たちにごく基本的なことを、いかにわかりやすく かつ興味深く話すかというところに焦点を合わせた。そこで、普通45分以内に終ってしまうひとコマの授業時間のうち最初の15分には必ず「日本」そのものを紹介する楽しいひとときを組み入れた。それは生徒たちが日本についてあまりにも無知であるためばかりでなく、被爆の話にもって行くまでに相当の迫力で生徒をひきつけておかないと、荒れた学校の生徒たちは決してそこまで話にのってこないからであった。私はよく着物を着て出かけたが、その一方、日本のマクドナルド・ハンバーガーのスライドを見せると、その存在にほとんどの学生は驚嘆して絶叫した。また、私たちが縦書きすることから、日本の書物の多くが右開きで始まることを知っている者は教師の中でさえまれであった。
アメリカでは、主に東部の学校を回って、一教室に1~3クラスの生徒を集合させてもらい、一日3~5回の講演を無償でやった。余程の物好きでなければ出来ないと思われるかもしれない。3日をおかず200人300人という新しい生徒と顔をつき合わせて日本及び被爆の実情を伝える。――この活動には時間とエネルギーと忍耐が必要だったが、またこれほど直接的かつ効果的に民間外交する方法もないと言ってよかった。(私の手元には1万通近い生徒たちからの手紙が届いている)

Comments